商標は登録を受けても、ある一定期間(継続して3年以上)使用していなければ、不使用取消審判(商標法第50条)により登録を取り消されることがあることは、既にご説明した通りです。今回は、書籍、CD等の題号が登録商標の使用と認められるか否かについて、いくつかの取消審判例を取り上げてご説明して行きたいと考えます。
1. 取消H11-31435(登録第3153588号商標の登録取消審判事件)(1)本件登録商標
指定商品「第16類 雑誌、新聞」
(2)登録商標の使用の態様
(3)被請求人(商標権者)の答弁
被請求人は、通常使用権者が発行している雑誌「ab. CHINTAI」の表紙に上記使用A標章乃至使用D標章を表示し、また、同雑誌の各ページ上端部分に「賃貸住宅情報」(使用E標章)を表示しているから、登録商標が使用されていると主張した。
(4)審判における判断
審判においては、次のように、これら標章の使用は自他商品の識別標識としての機能を発揮していないとして、該商標の登録を取り消した。
使用A標章は、「世界のアパートメントホテル&賃貸住宅情報」の文字よりなり、題号である「ab. CHINTAI」の文字部分の左上に表示されている。これらの表示は、同雑誌が、世界のアパートメントホテルの賃貸に関するものであることを示すものとして、需要者に認識されるにとどまるというのが相当であるから、商品の出所表示機能としての役割を果たすものではない。
また、使用B標章は、「US.EURO.ASIAの賃貸住宅情報」の文字よりなり、同雑誌の表紙中程の右側に表示され、使用C標章は、「世界の賃貸住宅情報」の文字よりなり、同雑誌の目次に表示されている。使用D標章は、「海外賃貸住宅情報」の文字よりなり、同雑誌の表紙中程の右側に表示されている。使用F標章は、「賃貸住宅情報」の文字よりなり、同雑誌中「世界の賃貸住宅情報」としての記事が掲載されている各ページの上端に表示されている。
雑誌「ab. CHINTAI」は、海外生活者のための賃貸住宅に関する情報を掲載した月刊雑誌であり、その表紙には、海外の賃貸住宅に関する情報について、「アパートメントホテル情報」、「US.EURO.ASIAの賃貸住宅情報」、「帰国者のための東京賃貸マンション情報」、「海外アパートメントホテル情報」、「海外賃貸住宅情報」のように、この月刊雑誌の掲載内容を表示して紹介していることが認められる。
そうすると、使用B標章乃至使用D標章は、雑誌の掲載内容を知らせる表示として、使用E標章は、表示ページの掲載内容を示す表示として、需要者に認識される文字と言えるから、商品の出所表示機能を果たすものではない。
請求人は、雑誌の題号以外の使用においても、自他商品識別機能を発揮できる使用であれば、登録商標の使用であるといえると主張している。そして、表紙の題号の上に表示されている使用A標章は、「海外アパートメントホテル」と本件商標を組み合わせて使用したもので、内容を把握する一助となるサブタイトルであるから、商品の内容を把握し、他の雑誌の内容と端的に識別するために必要不可欠であり、識別標識そのものであると主張する。
しかし、題号「ab. CHINTAI」の文字の左上方に小さく記載された「世界のアパートメントホテル&賃貸住宅情報」の文字は、当該雑誌に、世界のアパートメントホテルと賃貸住宅に関する情報が掲載されているものであると、需要者に認識させるにとどまり、商品の出所表示機能は、題号である「ab. CHINTAI」及びその表音である「エイビー・チンタイ」の文字にあると認められる。
商標は、自他商品を識別する標識として使用されるものであるから、雑誌の掲載内容表示が、需要者に対して購入の動機となる場合があるとしても、それらの表示は、あくまでも雑誌の掲載内容を示すものに過ぎず、商標としての機能を果たすものとは認められない。
2. 取消2000-31018(登録第4051070号商標の登録取消審判事件)(1)本件登録商標:
商標「デジタルフォーム」(片仮名で左横書きしたもの)
指定商品「第9類 電子応用機械器具及びその部品、電気通信機械器具」
(2)登録商標の使用の態様
商品「帳票印刷用プログラムを記録したCD-ROM」、及び、該CD-ROMに添付のマニュアル(取扱説明書)に、同じ書体、同じ大きさ、等間隔に「デジタルフォーム集」と表示していた。
(3)被請求人(商標権者)の答弁
請求人は「デジタルフォーム」は「デジタル化されたフォーム(様式)」を意味する故、本件商標に付された「HISAGO デジタルフォーム集」なる使用態様における「デジタルフォーム」は商標としての使用ではないと主張している。
しかし、「デジタルフォーム」は商標権者の造語であり、これが一般に「デジタル化された様式」を意味すると解さねばならない証拠は全くない。「デジタルフォーム」が「デジタル化された帳票の様式」であることが需要者に一般的であるとは認められない。
(4)審判における判断
審判においては、次のように、これらの使用態様は自他商品の識別標識としての機能を発揮していないとして、該商標の登録を取り消した。
被請求人は、「デジタルフォーム」自体が造語であって自他商品識別力を発揮し得るものであるから、これに「集」の文字を付しても、「デジタルフォーム」の部分が画然と区別されて商標的機能を発揮できる旨主張する。
しかし、本件商標と使用表示とがその構成において共通する「デジタルフォーム」の文字は、確かに、これのみでは直ちに特定の意味合いの語句として一般に親しまれているとまでは言い得ないものの、該文字が「デジタル」と「フォーム」の2語をその構成要素とし、これを結合してなるものと容易に認識し得ることは、両語ともよく知られるカタカナ語であって、前者は「情報の信号を符号化したもの」について、例えば「デジタルカメラ」「デジタル写真」「デジタル放送」「デジタルテレビ」「デジタルマップ」の如き用例で電子機器、電子情報関連の用語に多用されていること、後者も「形式、型、姿勢」等を意味する日常用いられる語であると言えることから明らかである。
そうすると、「デジタルフォーム」の文字からは、必ずしも親しまれた観念とは言えないまでも、両語の意味を結びつけて、例えば「デジタル化したフォーム(形式)」ほどの意味合いがもとより看取されるところであって、これに「集めること、集めたもの」を意味する「集」の文字を付した使用表示からは、全体として「デジタル化した各種のフォーム(形式)を集めたもの」の如き一連の意味合いがごく自然に生ずるというを相当とし、「デジタルフォーム」の言葉が本件商品関連の辞書類に掲載されていないことや、「フォーム」の語について「帳票の様式」を示すことが一般的であると認められない等の事情も前記認定を妨げる理由にはならない。
そして、現実の使用態様を見ても、その使用に係る商品は各種帳票の汎用フォームをプリントアウトできるようにプログラム化したCD-ROMと認められるものであって、使用表示はその商品の内容を表す題号としての使用か、若しくは、その構成文字全体をもって前記一連の意味合いを表現する記述的商標(商品の特性を記述する商標)と理解されるとみるのが相当である。
3. 取消2003-30720(登録第4378281号商標の登録取消審判事件)(1)本件登録商標:
商標「HERCULES」(欧文字で左横書きしたもの)
指定商品「第9類 レコード,メトロノーム」(指定商品は、その他、多数存在するが、ここでは省略する。)
(2)登録商標の使用の態様
商品「録音済みのコンパクトディスク」の表面、裏面及び側面の各ラベルに、人物や羽根を有する動物のイラスト等と共に「Disney's」「HERCULES」「ヘラクレス」及び「オリジナルサウンドトラック」の各文字、並びに、「発売元avex inc.エイベックス株式会社」「販売元avex distribution」の文字、及びこれらの欧文字の左側に「a」の文字の配された図形が表されている。
(3)被請求人(商標権者)の答弁
本件商標が使用されている商品は「録音済みのコンパクトディスク」である。そして、それには、本件商標である「HERCULES」が表示されている。該使用商品が請求に係る指定商品「レコード,メトロノーム」の中の「レコード」に含まれることは明白である。
(4)審判における判断
審判においては、次のように、これらの使用態様は自他商品の識別標識としての機能を発揮していないとして、該商標の登録を取り消した。
請求人の主張及び登録商標の使用の態様によれば、使用商品は、ディズニーのアニメーション映画「HERCULES(ヘラクレス)」のサウンドトラックに使用された複数の楽曲を収録したいわゆるCDであって、「HERCULES」及び「ヘラクレス」の文字は、収録されている楽曲全体のタイトルに当たり、該CDの発売者がavex inc.(エイベックス株式会社)であり、販売者が「avex distribution」であるということができる。
商標法上の商標の本質的機能は、商品(役務)の出所を表示し自他商品(役務)を識別する機能にあると言えるから、商標の使用と言い得るためには、当該商標の具体的な使用方法や表示の態様から見て、それが出所を表示し自他商品(役務)を識別するために使用されていることが客観的に看取られることが必要であると解される。
そうすると、使用商品のCDについてみれば、その出所を表すものは、「発売元avex inc.エイベックス株式会社」、「販売元avex distribution」の各文字及びa図形であって、「HERCULES」及び「ヘラクレス」の文字は、収録されているサウンドトラックの映画の題名、即ち楽曲全体のタイトルに当たると言える。
検討1. 取消H11-31435で取り上げた本件登録商標は、「賃貸住宅情報」の文字からなるものである。そして、該登録商標(使用態様A〜D)を、海外生活者のための賃貸住宅に関する情報を掲載した月刊雑誌である「ab. CHINTAI」の表紙に掲載していた。しかし、このような使用態様では、明らかに、この雑誌の記載内容を表すものに過ぎないと考えられる。また、このような賃貸住宅に関する情報を掲載した雑誌への使用では、商標「賃貸住宅情報」として題号に使用したとしても、内容表示になり登録商標の使用とは認められないと考えられる。そもそも、商標権者は、商標「賃貸住宅情報」と指定商品「第16類 雑誌、新聞」との関係で、どのような雑誌及び新聞への当該商標の使用を想定して権利を取得したのであろうか。初めから、海外生活者のための賃貸住宅に関する情報を掲載した月刊雑誌に使用することを目的としているなら、当然、内容表示となって取り消される可能性があることは当初から十分に想定され得ることである。このような使用では、内容表示であるばかりではなく独占権も発生し得ない。一方、商標「賃貸住宅情報」は、どのような雑誌及び新聞に使用することが可能なのであろうか。内容表示にならなければ、品質誤認等の表示になる可能性が大である。例えば、スポーツ新聞等のように一見して明らかにスポーツに関するものであると認識し得るようなものに使用すればよいというのであろうか。そういう意味では登録したこと自体に問題もあると思われるが、如何なる雑誌及び新聞に使用しても、内容表示又は品質誤認等になるとは限らないという観点から登録を認められたのであろう。
2. 取消2000-31018で取り上げた本件登録商標は、「デジタルフォーム」の文字からなるものである。商標権者は、「デジタルフォーム」の文字は造語であるから、特別の意味を有していないと反論している。しかし、審決においては、「デジタル」と「フォーム」の2語に分けて、「デジタル化したフォーム(形式)」の意味合いであると判断している。従って、内容表示に当たると認定している。この場合には、指定商品は「第9類 電子応用機械器具及びその部品、電気通信機械器具」である故、このような内容表示に相当しない商品はある程度推測可能であるので、そのような商品に使用することを想定して登録を認められていると考えられる。出願時から、指定商品を「帳票印刷用プログラムを記録したCD-ROM」とした場合には、登録が認められるか否かは疑問である。
3. 取消2003-30720で取り上げた本件登録商標は、「HERCULES」の欧文字からなるものである。本件では、該登録商標を、ディズニーのアニメーション映画「HERCULES(ヘラクレス)」のサウンドトラックに使用された複数の楽曲を収録したCDに使用していたものである。これでは内容表示ととられても致し方ないところである。この場合も、出願時の指定商品が「第9類 レコード,メトロノーム」であったから登録されているのである。上記のようなCDを指定商品として出願したなら、到底登録されるとは考えられない。
書籍、新聞、雑誌、録音されたCD等の題号に関して、商標登録を受けられることがある。しかし、登録を受けられたからと言って、それがどのような商品においても無条件で独占権が発生しているわけではないことに留意すべきである。上記の審決例を見ても分かる通りである。
以 上