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上記当事者間の登録第5351987号商標の商標登録無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論登録第5351987号商標の指定商品及び指定役務中、第9類「電子応用機械器具及びその部品(「電子計算機,電子計算機用プログラム」を除く。)」についての審判の請求は、成り立たない。 同指定商品及び指定役務中、第9類「電子計算機,電子計算機用プログラム」についての審判の請求は、却下する。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由第1 本件商標 本件登録第5351987号商標(以下「本件商標」という。)は、「QuickLook」の文字を標準文字で表してなり、平成21年9月11日登録出願、第9類「写真機械器具,映画機械器具,光学機械器具,測定機械器具,電気通信機械器具,電子応用機械器具及びその部品,家庭用テレビゲームおもちゃ,携帯用液晶画面ゲームおもちゃ用のプログラムを記憶させた電子回路及びCD-ROM,映写フィルム,スライドフィルム,スライドフィルム用マウント,インターネットを利用して受信し、及び保存することができる画像ファイル,録画済みビデオディスク及びビデオテープ,電子出版物」及び第42類「機械・装置若しくは器具(これらの部品を含む。)又はこれらの機械等により構成される設備の設計,デザインの考案,電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守,電子計算機・自動車その他その用途に応じて的確な操作をするためには高度の専門的な知識・技術又は経験を必要とする機械の性能・操作方法等に関する紹介及び説明,建築又は都市計画に関する研究,公害の防止に関する試験又は研究,電気に関する試験又は研究,土木に関する試験又は研究,機械器具に関する試験又は研究,電子計算機の貸与,電子計算機用プログラムの提供」を指定商品及び指定役務として、同22年9月10日に設定の登録がされ、その後、登録異議の申立てにより、その指定商品及び指定役務中、第9類「携帯電話機,乗物用ナビゲーション装置,電子計算機,電子計算機用プログラム」及び第42類「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守,電子計算機の貸与,電子計算機用プログラムの提供」について取消決定がされ、同23年12月14日にその確定決定の登録がされたものである。
第2 請求人の主張の要点 請求人は、本件商標の指定商品中、第9類「電子応用機械器具及びその部品」について登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求めると申し立て、その理由を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証ないし甲第110号証(枝番を含む。)を提出している。
1 本件商標が商標法第3条第1項第3号に該当することについて
(1)商標法第3条第1項第3号の趣旨について 最高裁第三小法廷判決(昭和54年4月10日 判例時報927号233頁)によれば、商標法第3条第1項第3号に該当する商標の類型としては、1つは取引に際し、必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないもの(独占適応性欠如商標)、他の1つは、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品・役務識別力を欠き、商標としての機能を果たしえないものである(自他商品・役務識別力欠如商標)。
(2)本件商標が独占適応性欠如商標に該当することについて 本件商標は、欧文字「QuickLook」を標準文字にて書してなる文字商標であり、極めて没個性的である。 需要者は、「QuickLook」の意味が「すぐに(素早く)見ること」であることを容易に理解する(甲第1号証)。 本件審判の請求に係る指定商品、第9類「電子応用機械器具及びその部品」の範ちゅうに含まれるコンピュータ又はコンピュータソフトウェアの分野においては、「クイックルック(QuickLook)」は、「すぐに(素早く)見ること」ができるコンピュータ又はコンピュータソフトウェアの機能・性能を表示する語句として広く使用されている(甲第2号証ないし甲第107号証)。 したがって、本件商標は必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲する標章である。
(3)本件商標が自他商品・役務識別力欠如商標に該当することについて 本件商標が一般的に使用されている標章であるか否かは、本件商標の使用の実態に則して判断されるものであり、甲第2号証ないし甲第107号証によると、本件商標は、コンピュータ又はコンピュータソフトウェアの分野において、「すぐに(素早く)見ること」という意味で一般的に使用されていることは明らかである。 特に、「クイックルック(QuickLook)」がコンピュータ関連の辞典に掲載されている事実は、同語句がコンピュータ又はコンピュータソフトウェアの分野において一義的な意味を獲得していて、一般的に広く使用されていることの証左である(甲第49号証及び甲第50号証)。 以上のとおり、本件商標は、商標法第3条第1項第3号に該当する商標である。
(4)本件商標が「普通に用いられる方法で表示する標章のみ」からなることについて 本件商標は、上記のとおり、欧文字「QuickLook」を標準文字で書したものである(甲第108号証の1及び甲第108号証の2)。 したがって、本件商標が「普通に用いられる方法で表示する」標章に該当する。
(5)査定時において本件商標が商標法第3条第1項第3号に該当していたことについて 本件商標が商標法第3条第1項第3号に該当するか否かの判断時は、査定時である。本件商標に係る査定時は、平成22年8月2日である(甲第108号証の1)。 そして、請求人提出の証拠から明らかなとおり、コンピュータ又はコンピュータソフトウェアの分野において「クイックルック(QuickLook)」という語句は、昭和56年には使用されており(甲第27号証)、また、審判請求時においても、インターネット検索により、コンピュータ又はコンピュータソフトウェアの分野において多くの使用例を確認できる(甲第109号証及び甲第110号証)。 したがって、本件商標は、その査定時において、商標法第3条第1項第3号に該当する。
2 答弁に対する弁駁
(1)本件商標が自他商品識別力を欠くことについて
ア 本件商標が必ずしも「すぐに見る」という意味内容を有しないとする被請求人の主張は、「quick」及び「look」という多様な意味内容を有する英単語について、その中からおよそ一般的でないものを恣意的に抽出し、それらを組み合わせて強弁しているに過ぎず、一般的な消費者の理解とはかけ離れている。 また、被請求人は、「クイックルック」や「quick look」が掲載されていないコンピュータ関連の用語辞典の存在を指摘して、これがコンピュータ関連分野において通常使用される用語ではない旨を主張しているが、通常使用されている用語の一切が全ての事典に掲載されているわけではなく、該用語が掲載されていない事典等が存在するからといって、かかる用語が一般的に使用されていないことの裏付けにはなり得ない。そもそも「クイックルック」は、コンピュータ関連の事典に掲載されており(甲第49号証及び甲第50号証)、また、甲第2号証ないし甲第107号証にも鑑みれば、「クイックルック」なる用語がコンピュータ関連分野で一般的に広く使用されている。
イ 被請求人は、本件商標はソフトウェアの品質を表示するものではないと主張しているが、請求人は、コンピュータ又はコンピュータソフトウェアの機能・性能(商標法第3条第1項第3号との関係でいえば、「効能・用途」)を表示する語句として広く使用されていると主張しているのであって、ソフトウェアの品質を問題としていないので、被請求人の前記主張は失当である。
ウ 被請求人は、日本国及び各国における登録例を挙げて、本件商標が自他商品識別機能を有すると主張している。しかしながら、本件商標と類似する被請求人の登録商標や外国において登録されていることをもって、本件商標が自他商品識別機能を有することを担保しない。
エ 被請求人は、請求人の提出した「クイックルック」の使用例(甲第2号証ないし甲第107号証)は、電子応用機械器具及びその部品とは異なる分野について使用されていると主張しているが、商標法第3条第1項第3号の趣旨(最判昭和54年4月10日集民126号507頁)に照らせば、当該商標が指定商品の効能、用途を表すものと一般消費者に広く認識されている場合には、同号に該当するものと解すべきである。 これを本件商標についてみると、被請求人の指摘する技術分野(例えば、人工衛星、画像処理、医療用装置等)においては、いずれも、あらゆる製品にコンピュータやコンピュータソフトウェアが使用、内蔵されていること、すなわちコンピュータやコンピュータソフトウェアが関連していることは、広く一般消費者に認識されているところである。そして、請求人が提出した「クイックルック」の使用例(甲第2号証ないし甲第107号証)では、商標法における指定商品の別を問わず、コンピュータやコンピュータソフトが関連する幅広い分野において「クイックルック」が使用された場合には、いずれも何らかの情報を画像等で素早く見ることができるという効能若しくは用途そのものの記述、又はその名称として使用されていることを示している。 なお、被請求人は、甲第2号証ないし甲第11号証のように電子応用機械器具及びその部品の場合については、「クイックルック」なる用語は、「すぐに見る」ではなく、「すぐに中をのぞく」との意味で使用されていると主張しているが、仮に被請求人の主張する意味で用いられているとしても、本件商標の文脈では「見る」と「のぞく」との峻別を徹底するべき理由は何ら存在しない。 このように、電子応用機械器具及びその部品に限られず、コンピュータやコンピュータソフトが関連する分野において、「クイックルック」なる用語が何らかの情報を画像等で素早く見ることができるという効能若しくは用途そのものの記述、又はその名称として広く使用されていること、及び「クイックルック」なる用語が「すぐに見る」程の意味に理解されること(甲第1号証)にも鑑みれば、本件商標が電子応用機械器具及びその部品について使用された場合、一般消費者において、指定商品が有する効能若しくは用途そのものの記述、又はその名称と認識するのは明らかである。 したがって、本件商標をその指定商品のうち電子応用機械器具及びその部品に使用するときは、商標法第3条第1項第3号にいう「効能」又は「用途」に該当し、商標登録の要件を具備しないものである。
第3 被請求人の答弁の要点 被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とするとの審決を求めると答弁し、その理由を要旨次のように述べ、証拠方法として乙第1号証ないし乙第26号証を提出している。
1 本件商標が商標法第3条第1項第3号に該当することについて
1 本件商標が造語商標であって自他商品識別力を有することについて
(1)本件商標の非普通名称性について 本件商標の「QuickLook」及びその称呼「クイックルック」は、辞書等にその意味内容が掲載されていない造語商標である。 片仮名の「クイックルック」は、一般的な国語辞典や日本語大辞典、広辞苑(乙第1号証ないし乙第3号証)に掲載されていないし、また、欧文字の「QuickLook」も、中学生ないし高校初学年用の英和辞典、一般的な英和辞典はもとより、英和大辞典(乙第4号証ないし乙第7号証)にも掲載されていない。 したがって、本件商標の「QuickLook」は、一般的に使用される標章であるということはできない。
(2)本件商標の観念の不特定性(意味漠然性)について 本件商標において、これを「クイック」及び「Quick」並びに「ルック」及び「Look」の単語レベルに分解し、これらを組み合わせて、用語の意味内容を検討してみれば明らかなように、「クイックルック/QuickLook」の意味内容は、多義的であって、一定したものがない。 例えば、「クイックルック」の語からは、「すぐに(素早く)見る」に限られずに「すぐに見回す」、「急にふり返る」、「最初に探す」、「ちょっと立ち寄る」、「すぐに中をのぞく」等の意味内容や観念を生じるので、極めて漠然とした広範な意味内容・観念を生ずる造語である。 したがって、本件商標は、指定商品「電子応用機械器具及びその部品」とりわけ「コンピュータ」「ソフトウェア」において、これらの品質や機能を表示するものでない。
(3)本件商標は、「コンピュータ」「ソフトウェア」の分野において通常使用される言葉ではない。 「新版 コンピュータ英語活用辞典」、「2001-02パソコン用語辞典」、「コンピュータ&情報通信用語辞典」、「最新・基本パソコン用語辞典」「初・中級者のためのパソコン・IT・ネット用語辞典」、「日経パソコン用語辞典2011」(乙第8号証ないし乙第13号証)には、「QuickLook」及び「クイックルック」は存在しない。 因みに、「最新・基本パソコン用語辞典」(乙第11号証)は、多数の参考文献及び協力者(社)を擁しているところ、この協力者(社)には「アップルジャパン(株)」「日本HP」が加わっているにも拘わらず、これが「コンピュータ」「ソフトウェア」の分野において通常使用される言葉ではないことを裏打ちするものである。
(4)本件商標と「ソフトウェア」の品質等について 本件商標は、その有する観念が特定のものに収斂されないことは既述のとおりであるが、「quicklook」の意味内容に「すぐに(素早く)見る」に着目してみても、これは「ソフトウェア」の品質等を表示するものではない。 ソフトウェアの品質は、プログラマの観点からは「ソースコードの品質」、エンドユーザーの観点からは「アプリケーションソフトウェアの品質」を意味する(乙第15号証)。さらに、ソースコード品質としては、可読性、ソフトウェア保守等の容易性を、また、アプリケーションソフトウェア品質としては、信頼性をはじめとして、理解可能性、完全性、簡潔性等を意味するものである。 したがって、「quicklook」が「すぐに(素早く)見る」を意味するとの観念が生ずるとしても、何をどのようにして見るのか、どのような操作・手順によって見るのか、そのソフトがシステムソフトウェア(OS)に組み込まれているのか、或いは、組み込まれていないアプリケーションソフトウェアなのか等、一定したものがなく、極めて漠然とした広範な意味を生ずるものである。さらに、「すぐに(素早く)見る」は。前述したソフトウェアの品質とは全く乖離しているものであることは明らかである。 このように、「quicklook」は、当該ソフトを用いて何かを見ることを暗示的に表現したものということはできても、指定商品「ソフトウェア」との関連において、商品が有する一定の品質を表示するものとして一般需要者、取引者に認識されるものではない。
(5)日本国及び各国における登録例 商標登録の要件に自他商品識別力を要求するのは、日本国のみならず各国も同様である。「QuickLook」商標は、日本国はもとより世界34ヶ国にて識別性を有するものとして商標登録がなされている。このような事実は、「QuickLook」商標が「ソフトウェア」の品質等を表示するものでないことを証明するものである。
2 請求人の主張に対する反論
請求人は、甲第2号証ないし甲第107号証、甲第109号証及び甲第110号証を提出して、本件商標が「すぐに(素早く)見ること」ができる、コンピュータ又はコンピュータソフトウェアの機能・性能を表示する語句として広く使用されている旨述べているが、甲第2号証ないし甲第107号証における「クイックルック/QuickLook」は、指定商品、第9類「電子応用機械器具及びその部品」とは異なる分野で用いられているか、或いは、前記「第3、1、(2)」で述べた複数意味内容のいずれかで用いられており、コンピュータやコンピュータソフトウェアの機能・性能を表示するものということはできない。 また、甲第109号証及び甲第110号証は、「QuickLook」と「コンピュータ」、及び「QuickLook」と「ソフトウェア」をキーワードとするアンド検索の結果にすぎず、それらは、本件商標等の商標権侵害を構成するコンピュータ及びソフトウェアである。
3 まとめ
以上のとおり、本件商標は、その指定商品中の「電子応用機械器具及びその部品」について使用されるにあたり、自他商品識別力を有し、商標としての機能を果たし得るものであるから、商標法第3条第1項第3号に掲げる商標に該当しない。
第4 当審の判断
1 商標法第3条第1項第3号該当性について
請求人は、本件審判の請求に係る指定商品である第9類「電子応用機械器具及びその部品」、とりわけコンピュータ又はコンピュータソフトウェアの分野においては、「クイックルック(QuickLook)」は、「すぐに(素早く)見ること」ができるコンピュータ又はコンピュータソフトウェアの機能・性能を表示する語句として広く使用されていることから(甲第2号証ないし甲第107号証)、本件商標は、自他商品・自他役務の識別力が欠如するものであり、商標法第3条第1項第3号に該当する旨主張する。 ところで、本件商標は、その商標登録原簿の記載によれば、前記第1のとおり、登録異議の申立てがされた結果、その指定商品及び指定役務中、第9類「携帯電話機,乗物用ナビゲーション装置,電子計算機,電子計算機用プログラム」及び第42類「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守,電子計算機の貸与,電子計算機用プログラムの提供」について取消決定がされ、同23年12月14日にその確定決定の登録がされているものである。 そうすると、本件商標に係る指定商品中、第9類「電子計算機,電子計算機用プログラム」に関する商標権は初めから存在しなかったものとみなされる結果(商標法第43条の3第3項)、本件審判の請求中、該商品については不存在の商標権についてその登録の無効を求めるものであるから、もはや、その請求は不適法なものであって、補正することができないものである。 また、本件審判の請求に係る指定商品である第9類「電子応用機械器具及びその部品」のうち、上記「電子計算機,電子計算機用プログラム」以外の商品との関係において、本件商標が商標法第3条第1項第3号に該当するか検討するに、請求人の主張及びその提出に係る証拠を総合してみても、本件商標をその商品に使用した場合、これに接する取引者、需要者が、これを商品の品質等を表すものと認識し、自他商品の識別標識としての機能を果たし得ないと認めるに足る事実は見いだせない。
2 むすび
以上のとおり、本件商標は、その審判の請求に係る指定商品中、「電子応用機械器具及びその部品(「電子計算機,電子計算機用プログラム」を除く。)」については、商標法第3条第1項第3号に違反して登録されたものではないから、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすることはできない。 また、その指定商品中、「電子計算機,電子計算機用プログラム」についての審判の請求は、同法第56条第1項において準用する特許法第135条の規定により、却下すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。